祝・「悠仁親王」殿下御誕辰!


(平成18年9月6日8時27分)
 私を含め大多数の日本人が待ちに待った親王殿下がご誕生になりました。表題の「御誕辰」という言葉を最近知ったので早速使ってみました。ちなみに、旧竹田宮家でJOC会長である竹田恒和氏のご子息である恒泰氏のWebSiteで知りました。

 ただ、この度の慶事には悠久の歴史を誇る天皇家において、重要な意味があったように思います。昨年の終わりから今年の初めに掛けて、マスコミは皇室典範改正問題を頻繁に取り上げ、「女性にも皇位継承を!」とバイアスの掛かった情報を垂れ流していました。しかし、秋篠宮妃紀子殿下の御懐妊、悠仁親王殿下の御生誕で、ある種の陰謀を一挙に吹き飛ばして下さいました。平成の「和気清麻呂」とでも呼びましょうか・・・。
 そもそも、本邦皇室では皇統に属さない人物(いわゆる女系天皇)には皇位は継承できないのに、男女平等の現代だから、現実的に考えて約2000年近く続いている伝統はどうでもいい事なのでしょうか?伝統をかなぐり捨てた御皇室には何の存在意義が見いだせるのでしょうか?では、そもそも「皇統」とは一体どんなモノなのでしょうか?

 「皇統」を単純に言えば、非常に不敬な事で恐れ多いことなのですが、「胤(たね)」の系譜なのです。胤とは種であり、結果論から言えば、神武天皇のY遺伝子をこの現在まで連綿と受け継いでいたと言うことになります。従って、神武天皇のY遺伝子ともいえる「皇胤」を持ち合わせていなければ、本邦の皇室では「天皇」に就くことが出来ないのです。ただ、女性の天皇陛下も即位されています。これは、皇統に属する父親(いわゆる男系男子)の娘のみに許されている皇位継承で、天皇の娘が即位した例では生涯独身を通され、あくまでも中継ぎの意味合いで皇位に就いています(いわゆる男系女子)。ですから、現在の御世で考えれば、愛子内親王殿下の皇位継承は歴史的に見ても伝統に反していませんが、現行の皇室典範では不可能とされています。もし将来、愛子内親王殿下が皇位に就かれた場合には、愛子内親王殿下が皇統に属する男子とご結婚なさならい限り、自身の子に皇位を継承させることは出来ず、愛子殿下から近い皇統から順々に皇位に就いて頂くことになります。

 このような説明をしても、男系男子にのみ皇位の継承を許す、現行皇室典範を女性差別という知識者がいます。私はこのようなコメントをするコメンテーターに疑問を持っています。天皇陛下の本来のお仕事とは一体何を指すのでしょうか?国民の前で手を振ることが仕事ではありません。役職の任命や、勲章の授与でもありません。天皇家の祖先をお祭りすることにより、国家・国民の繁栄を願う、宮中祭祀であることを国民は忘れているのでしょうか?宮中祭祀については宮内庁WebSiteでご確認下さい。宮中祭祀でもっとも重要とされる11月23日の新嘗祭を例にします。


Blog「スサノヲとニギハヤヒの日本学(日本文化考)
2005年10月04日「新嘗祭」、天皇の宗教的権威の源泉(二)から引用

 新嘗祭は、夕刻から深夜にかけて斎行される「夕の儀(ゆうのぎ)」と、深夜から明け方にかけて斎行される「暁の儀(あかつきのぎ)」から構成されています。当日、身を清められた天皇は、綾綺殿(りょうきでん)に出御され、純白の絹の御祭服(ごさいふく)を召されます。夕刻になると、天皇は、神嘉殿にお渡りになり、外陣(げじん)の御座に著御されます。この間、膳舎(かしわや、神饌を調進する殿舎)から神嘉殿に神饌(しんせん、神への供物)が運ばれてます(神饌行立=しんせんぎょうりゅう)。神楽歌(かぐらうた)が奏される中、天皇は内陣(ないじん)にお進みになり、御座に著御され、お手づから箸を取られて、柏の葉を重ねて竹のひごで結った葉盤(ひらて)というお皿に神饌を御親供(ごしんく、天皇みずから神に供物を捧げること)されます。新穀から調進した神饌を天皇みずからお進めし、神々にお召しあがりいただきます。御親供ののち、天皇は御拝礼され、ついで皇祖(こうそ、天皇の祖先)への御告文(おつげぶみ)を奏されます。御告文が終わると、天皇は、神々に捧げられたものと同じ神饌の米と粟との御飯、御酒(白酒・しろき、黒酒・くろき)をお召しになります。この儀を「御直会の儀(おんなおらいのぎ)」といい、皇祖と飲食を共にされる(相嘗・あいなめ、共食・きょうしょく)新嘗祭の核心ともいうべき厳粛な儀です。こうして御親祭(ごしんさい)を終えられた天皇は、神嘉殿を御退出されます。続いて天皇は、同じく神嘉殿で深夜から明け方にかけて「暁の儀」 を御親祭されます。このように天皇は、夜を徹して、最高の鄭重さをもって神々をおもてなしになるのです。


 以上から分かるように、非常に荘厳な儀礼ですが、寒空の中、白装束・裸足での儀礼は身体的に厳しい状態に晒されます。歴代女性天皇も同じ様に行ったとありますが、女性特有の生理現象時は日程をずらしたと聞いたことがあります。また、今後女性天皇が認められた場合では、妊娠時には儀式進行が医学的見地より不可能となり、最重要宮中祭祀に支障を来してしまいます。このような経緯から現行皇室典範は女性の体を考えた優しい典範であると言えるのではないでしょうか?女性差別などと、どこから感じ取っているのでしょうか?真意を確かめてみたいモノです。また、新しく即位された天皇陛下が行われる「大嘗祭」も非常に荘厳ですが、女性には少々厳しいかもしれません。
参考WebSite「神と天皇・大嘗祭」考2

 天皇家の存在意義、天皇陛下の仕事も知らない、天皇の存在を税金の無駄遣いと公言する輩に、皇室典範改正問題や男系女子皇族の即位、女系天皇を認めるか否かの世論調査を行ってどんな意味があるのでしょうか?結果にはどんな意味があるのでしょうか?また、文化の全く違った、イギリス人やオランダ人を掴まえて、「女性が皇位に就けないことは時代遅れだ!」と発言させて、何を狙っているのでしょうか?悠仁親王殿下が御生誕した後も、マスコミはバイアスの掛かった偏った報道にご熱心です。一体どのようなバックがマスコミの裏に鎮座しているのでしょうか?非常に根は深く広い範囲を毒しているように思われてなりません。これ以上書きませんが・・・。

 コラムニストの勝谷誠彦さんが、いわゆる女系天皇を認めさせようとした皇室典範改正問題で面白い例えをされていました。「ウナギ屋のたれ」です。江戸時代から続く老舗のウナギ屋がありました。創業当時のたれを継ぎ足し継ぎ足し大切に使っていましたが、ある日、ウナギ屋の失火で伝統のたれ共々店舗を全焼してしまいました。困った老番頭は、「明治の初期にたれと共にのれん分けした某ウナギ屋のたれを分けて貰い、失われた「たれ」の味に少しでも近づけよう。」と主張します。他方で若女将は、「ウナギの仕入れ先は健在だから、新しくたれを作って同じように焼けば一緒でしょ。」と。全焼したウナギ屋の常連は若女将の方針に賛成するだろうか?それとも老番頭の方針に賛成するだろうか・・・?。私は後者です。非常に不敬な例えですが、核心を突いているように思われます。
 また皇統については、不敬ながら別の考え方もあります。種と土です。端的に言えば、種は皇統に属する男子の事で、土は女性を指します。土に菊の種を播けば、秋には菊の花が咲きます。其の菊の花から採れた種を播けば、また来年も菊の花が咲きます。当たり前の話です。土を小さい鉢に分けて(皇統に属する男子の娘の意)、ひまわりの種を播いたとします。これも当たり前ですが、ひまわりの花が咲くことでしょう。ただ、菊は未来永劫絶対に咲きません・・・。世間では女系天皇なる言葉を安易に用いていますが、上記の例から考えれば、いわゆる女系天皇は「天皇」ではないのです。そうです、神武天皇から続く王朝がその時点で断絶し、新しい王朝の始まりを意味してしまうのです。私が「いわゆる女系天皇」に断固反対する理由がここにあります。

 ぐだぐだな文章ですが、まだまだ書き記したいこともあります。ただ、切りがありません。パワーを充填しましたら、また一気に書き連ねてみようと思います。
 (最近、「一澤帆布」でお家騒動がありましたが、現在の一澤帆布はOEM生産だそうです。お家騒動前の一澤帆布専属職人は、先代の三男が開いた「 一澤信三郎帆布」に全員移籍したとのこと。これは前述の「某例え」に似てますね。お客の審判は「さー、どっち!」)

以上です。


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