さよならナカちゃん(平成18年8月27日夕方) 実家に返ると、弟が炭火を起こしている最中だった。すると弟が、「兄貴、ナカちゃんが死んだかもしれんよ。」びっくりした。それではあの消防車はナカちゃんの為に出動していたのだ。まさか、こんな祭りの日に限って・・・。「きっと救出されて、動物園で保護される事になるのだろう。」そのように願っていた。そして、花火が始まり、ビールを片手にバーベキューを楽しんでいた。話が弾みナカちゃんの話を忘れかけていたその時だった。NHKラジオのニュースでナカちゃん死亡の一報が流れた。薄々嫌な予感はしていたが、確実になると非常にどんよりとした気持ちに・・・。ナカちゃんが登場したその日の朝に偶然目撃し、娘とも何度もナカちゃんを見に行った。3歳の娘にはなんて説明しよう。ナカちゃんが死んでしまった。 スクリューにやられたのかと思っていたが、どうも違う様子だ。暑さでやられたようである。ナカちゃんが登場したときからずっと言われていた、「保護」の話。今となってはもう遅い。だからといって保護しなかった人間を責める気にもならない。保護したら保護したで、「自然に生かしていろ!」との批判に遭うことは容易に想像できる。なかなか難しかいことだとおもう。ただ、那賀川にナカちゃんが居ることは自然な事ではない。北の海の生き物である。徳島の夏を想定した生き物では決してない。今考えても非常に不思議だ。鮫が多いと言われる紀伊水道を超えて何故那賀川に?アインシュタインの言う時空の歪みに嵌ってしまったのか? ナカちゃんを剥製にという声も上がったが、腐敗がひどく取りやめとなった。結局徳島動物園の冷凍庫に保管されているという。那賀川にモニュメントを作ることには賛成だ。しかし、墓を作ることには反対だ。何年か過ぎれば人々の頭の中からナカちゃんは消える。誰も参らない墓だけ残るのは非情過ぎる。また、このご時世必ずいたずらされるだろう。そんなのは嫌だ。荼毘に付し、オホーツクに散骨してあげたい。ナカちゃんを故郷に帰してあげよう!だれもこんな発想の人は居ないのだろうか? 静かな一級河川「那賀川」に戻ってしまった。無機質なコンクリート護岸、ダム放流のサイレン。今となってはむなしい、林立する駐停車禁止の立て看板。娘を保育所に送って職場に向かう土手の上、ついつい川面を見渡してしまう。でも、ありがとうナカちゃん。そしてさようなら。 (平成18年9月10日) |